SAKAKIHARA

カーター大統領を偲んで

神辺・備後のあれこれ

アメリカの第39代大統領ジミー・カーター氏(在任:1977年1月20日 – 1981年1月20日

アメリカの大統領経験者として、はじめて広島の平和資料館・慰霊碑を訪ねられた方で、2002年には、ノーベル平和賞も受賞されました。

甲奴町(三次市)へは2回も(1990年、1994年)来られています。

昨年12月に100歳で亡くなられたので、カーター元大統領を偲んで、甲奴町の「ジミーカーターシビックセンター」へやってきました。

シビックセンターでは半旗が揚がっています。

当時の写真もたくさん掲載されています

ここに来たのは、この写真を見るため。

実はこの中に、もしかしたら自分も写っているのではないか・・そう思い、探しに来たのです。

はじめてカーターさんが甲奴町を訪れたのは1990年10月21日

当時、高校一年生の私は、両親に連れられ、ここでお迎えしました。

現役ではないにせよアメリカ大統領をこの目で見ることは生涯あるはずがない。

その姿を一目見ようと、ドキドキしながらその時を待っていたことを思い出します。

式典の後、カーターさんは車へと移動

その際、近づきすぎないよう、SPが「下がってください」と一般の誘導をはじめました。

この道をSPに囲まれて、お寺から歩いてこられたカーターさん

道の右側、ひらけた土地にみんな下がったのですが、道の一番左にいた私の前で、SPが両手を広げて立ったことで、山際に1人取り残される形に。

で、数秒後には目の前にカーターさん。

気が付いた時には「Welcome to KONU」と言って、手を前に出していました。

アメリカ大統領との握手・・・信じられないような特別な出来事です。

もちろんあの手を忘れることはありません。大きく、ちょっとシワシワしてて、温かく、優しい手。

日本では戦時中、砲弾の資源として、お寺の鐘まで集められたという歴史があります。

こちらの正願寺の鐘も、その一つ。

ですが正願寺の鐘は、砲弾にはならず、数奇な運命をたどり、戦後アメリカのカーターセンターへと寄贈されました。

それが甲奴町とカーターさんとの交流のはじまりです。

わずか2000人の町に、本当にアメリカの元大統領がやってきたのか?それも2度も・・と思いませんか。

福山からは1時間半もあれば着きます。

ぜひ行ってみてください。30年たった今も、町はカーター氏一色です。

 

これはカーターさんが植えた梅。間もなく花を咲かせるでしょう。

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